映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』| “怒り” というモチベーションが生んだケン・ローチ監督の大傑作!

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人間が持つ様々な感情と姿勢というものがある。 

優しさ、残酷さ、弱さ、強さ、冷たさ、暖かさ、ひた向きさ、滑稽さ、複雑さ、単純さ、すべてがこの作品には描かれている。

人としてあるべき姿をダニエルは見せてくれた。

愛と尊厳を持って。


ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』

I, Daniel Break/2016/イギリス・フランス・ベルギー

★★★★★

第69回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作品


あらすじ

イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。国の援助を受けようとするが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。

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ダニエルとケイティの出会い

ダニエルは大工一筋40年。ごく普通に働き、税金を納めてきました。しかし心臓を悪くしてしまい、医者から仕事を禁じられているため収入がありません。そういう時に頼れるのが国の援助である失業手当。

さっそく役場へと向かうダニエル。ところが役所の手続きは複雑かつ不親切。ダニエルはイラつきます。

一方のケイティは、幼い子供二人を抱えるシングルマザー。事情があってロンドンから引っ越してきたばかり。仕事がないため国からの援助を申請します。

慣れないニューカッスルの街に戸惑い役所への到着が約束の時間に遅れてしまいました。たったそれだけのことでケイティは援助を受けることができなくなりました。

その理不尽なルールにケイティは抗議します。しかし、職員は「規則ですから」と機械的に繰り返すばかり。

納得できないケイティは職員に詰め寄りますが、逆に業務妨害として出ていくよう言われ警備員を呼ばれてしまいます。

その様子を見ていたダニエルが職員に対して「この人の話をちゃんと聞きなさい」と抗議します。

しかし、ダニエルと共にケイティは強引に役所から追い出されてしまいます。

このことがキッカケとなってケイティ一家とダニエルは交流するようになり物語は始まります。

追い詰められるケイティ

明日、生活するお金にすら困窮するケイティ。食事はいつも安上がりのパスタ。子供二人に食べさせ、自分はリンゴを一つかじるだけ。

電気代も払えず、安いボロ屋に住むケイティ一家。

そんなケイティをダニエルは、家の壊れたところを直したり、二人の子供の話し相手になったり、なにかと支援します。子供たちともすっかり仲良くなり、次第に絆は深まっていきました。

ダニエルの葛藤と怒り

ダニエルは、失業手当を貰う資格があるか否かの認定を受けるため役所から質問を受けます。

「足は動きますか?」 「まっすぐに歩けますか?」

ダニエルは心臓が悪くて仕事ができないのに全く関係のない質問を受けます。

「腕は動きますか?」 「指は動きますか?」

「……」

「あなたは就労可能と認定します」

ダニエルは「就労可能」との判断を受け手当を支給してもらえません。

不服申し立てをするため書類をくれというと「ネットでしか受け付けてません」とつれない回答。

大工一筋のダニエルはパソコンを触ったことすらないのです。

悪戦苦闘するダニエルですが隣人やケイティに助けられ不服の申し立て申請をします。

申請をしてもいつ結果が出るかわかりません。待っている間に生活はどんどん追い詰められていきます。

就労手当をもらうためには役所から定められた件数の就職活動が必要なのです。しかたなくダニエルは就職活動のため街の建築現場を回り始めます。不毛な就職活動。

働けないのに就職活動をするという理不尽さにダニエルの怒りは増していきます。手書きの履歴書を持って。

心にしみる無償のサポート

必死に生きようとするケイティ。自分も苦しいのにケイティを支えるダニエルの姿に胸が詰まります。

ダニエルの隣人、友達の心遣いにも心が救われる思いがします。

理不尽の背景にあったもの

この作品で描かれている理不尽で無慈悲なイギリスの社会保障制度。かつては手厚い社会保障で国民を守ってきた国がどうしてこのようになったのか。

キャメロン政権時代、財政赤字が膨らむ一方で政府は財政危機に直面していました。そこで政府は「緊縮財政」への道を歩むことに舵を切ります。社会保障費を大幅にカットしたのです。

国民への支出を減らして、政府の収入を増やす、というなんとも政府にとって都合のいい政策です。

役所は支給する手当をカットするため、さまざまなルールとペナルティを用意するため知恵を絞りました。

その結果、生活弱者は増え、弱きはさらに弱くということになりました。

かつて、「ゆりかごから墓場まで」とうたった世界屈指の福祉大国イギリスの姿は失われてしまいました。

ダニエルは隣人かもしれない

この作品はイギリスの社会保障に対する怒りと「弱きを挫く」理不尽極まりない制度への抗議の気持ちが表現されています。

鑑賞中ずっと思っていたのは「ダニエルは僕の隣人かもしれない」と。

働けるのに生活手当を受けている人がいる一方で、必要な人は困窮を極めている人がいる。日本にもそういう現実があります。

そういう意味で、ダニエルは隣人であり、近い未来の自分かもしれないと思いました。

この国もそういう可能性を秘めているということです。

真面目に働き税金を納めてきた人が困っていても国は助けてくれない。もはや、憲法で定められた「基本的人権」なんてなんの意味も持たない死語となる時代がやってくるかもしれない。

そんな危機感を持たざるを得ませんでした。

わたしは、ダニエル・ブレイク

お互いに助け合うダニエルとケイティですが、現実は何も改善されません。二人の現状はよくなるどころか悪くなる一方。

そんな状況の中、ダニエルは自分の意思をある行動で表現します。

わたしは、ダニエル・ブレイク・・・

わたしは、人間だ・・・

ダニエルのそのコトバはずっしりと胸に響くものでした。

人間らしさとはいったいなんなんだろう。とても考えさせられるメッセージでした。

作品の注目ポイント

ケイティは食料の配給を受けるため「フードバンク」に行きます。そこで食料をもらうのですが彼女はある行動を起こします。それがちょっとした騒動になり「フードバンク」のスタッフが対応する、というシーン。

その「フードバンク」のスタッフ、実は役者ではなく実際のスタッフだそうです。しかも、ケイティが起こす行動をスタッフは事前に知らされていませんでした。

ということは、実際に同じことがあった時「フードバンク」のスタッフはこういった対応をするのだということがわかります。

その対応は、親身になって尽くしてくれる素晴らしいものでした。

怒りとやるせなさに満ちた展開の中で、心が打たれるシーンでもありました。

目の前で繰り広げられる役所の理不尽な態度。ついにダニエルは怒りを爆発させます。

このシーンでのダニエルの主張。

それはどんな素晴らしいスピーチよりも説得力があります。

怒りと誇りに満ちたダニエルの行動に拍手喝采な気持ちになりました。

ダニエルのことを心から愛しく感じる名場面です。

これから作品をご覧になる方は、ぜひこの2シーンに注目して欲しいなと思います。

ケン・ローチ監督の言いたかったこと

引退を表明したケン・ローチ監督ですがそれを撤回してまでこの作品を制作しました。

この作品を通して監督は何がいいたかったのでしょうか。

人はどんな状況にあっても尊厳を持って生きている。誰であってもその尊厳を奪うことは許されない。そして、それは敬意を持って受け入れられるべきだ。

それが崩れてしまった社会に対しての怒りを表現し、抗議した。それと同時に「どんなに追い詰められても、人は優しさや愛情を失うことはない」ということを描きたかったのではないのか、ボクはそう思いました。

印象に残ったキャスト

ダニエル役のデイヴ・ジョーンズが素晴らしかったのはいうまでもありませんが、ケイティ役のヘイリー・スクワイアーズの演技がとても自然で印象に残りました。

ボクはマリオン・コティヤールが好きなのですがどことなく似た雰囲気を感じます。

それからケイティの娘役デイジーを演じたブリアナ・シャン。とても可愛らしい子役さんですが、重要な役を見事に演じました。

理不尽な制度は大人だけではなく、子供にも暗い影を落としていました。デイジーの何気ないコトバがそういった問題があったことを物語っています。

物語の終盤、気を落すダニエルに言ったデイジーのコトバ。涙が止まりませんでした。

前にあなたは私たちを助けてくれた。今は私たちにあなたを助けさせて。


いかがでしたか?

映画『わたしはダニエル・ブレイク』を観終わってしばらくの間、重い悲しい気持ちと優しい気持ちとが交互に押し寄せてきて、涙が止まりませんでした。

上映館であるアップリンクから渋谷駅まで歩き、井の頭線で吉祥寺駅に着くまでずっと「上の空で涙ぐむ」という状況でした。

この作品を多くの人が鑑賞し、監督のメッセージが届きますように。そして、ダニエルやケイティのような『弱い立場の人が救われる社会』が再び実現しますように。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ではまた別の作品でお会いしましょう。


第69回(2016)カンヌ国際映画祭ではケン・ローチ監督にとって

2度目のパルムドール受賞作品となりました!

画像をクリックすると詳細ページに移動します。

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