村上春樹著「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」はちょっと大人の青春小説だ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ラスト3行がとっても好きです。
どこか、心の奥底にある「モヤモヤで固まった小石」がドロップのようにトロけ去っていくという感覚。うまくいえないけど、人生に対して前向きになれる作品でした。


『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

著者:村上春樹

出版社:文藝春秋(2013年4月12日 第1刷)

★★★★☆(星4つ)


あらすじ

良いニュースと悪いニュースがある。多崎つくるにとって駅をつくることは、心を世界につなぎとめておくための営みだった。あるポイントまでは…。

(「BOOK」データベースより

物語は36歳になったつくると彼の心を理解したい2つ年上の「沙羅」いう女性との会話、学生時代のエピソードとそれにまつわる人物との再会(巡礼)を中心に進められていきます。
それらは現実の世界と精神世界を行き来する不思議な群像劇を見ているようでした。

主人公つくるの喪失感

主人公田崎つくる、36歳。彼は自分のことを「色彩のない空虚な人間だ」と卑下しつづけて生きていました。自分は人に何も与えられない空っぽな人間だと。。。
つくるがそう思うようになった原因は大学2年の時に起きた「ある事件」でした。

それをきっかけに、つくるは高校時代に特別な関係と呼べるほど仲の良かった友達を一気に失い、彼の人生に大きな喪失感をもたらすことになります。自分の存在を確認できる、友達という「帰るべき場所」を失ってしまうのです。

「お前とはもう会わない。これがみんなの総意だ。」

そのひとことで。
理由も告げられず。。。
それ以来、彼の興味は生から死へと移っていくことになります。

死から生へ

全てのものに興味を失い、生ける屍のような生活を送る主人公。
ある夜、つくるは夢の中である感情に身体を支配されます。
それは実体のない生まれて初めて感じる「嫉妬」でした。
そこからつくるの心は徐々に死から生へ向かっていきます。

ふたたび

そんな矢先に出会ったのが灰田という年下の男。
つくるにとって灰田は親友と呼ぶにふさわしい付き合いができる唯一の存在でした。しかし、その彼はある日、こつ然とつくるの前から姿を消します。

あの日のように。

再びつくるは友達を失います。
理由もなく、突然に。。。

沙羅

職場で知り合った沙羅という女性。つくるの心の闇を感じ、その原因に直面することを強く望みました。その心の闇に光を取り戻すべく「自分を切り捨てた」友達と逢うことを薦めます。沙羅は一生懸命つくるを支えようとしました。そこに向かえるように様々な協力をします。
彼もまた、それに応えるべく高校時代の友達に会うため行動を起こしました。

「巡礼」の始まりです。

巡礼のもつ意味

巡礼とは聖地に向けての旅、またはその過程ということです。
では、つくるの聖地はどこだったのでしょうか?

つくるは沙羅に強く求められ、自分の過去を直視するための行動に出ました。
失われた過去と直面し、真実を自ら追究します。

そのことによって「自分を捨てた」と思っていた友達は、自分の知らない形でそれぞれの苦しみをかかえて生きていました。話しをすることによって、自分が背負ってきた苦悩は自分だけのものではなく、それぞれの立場や事情があったことを理解していきます。

そのことを知った時、つくるの心の闇に光が差し込みはじめました。
そのきっかけを作ったのは沙羅。

その聖地とは「沙羅」だったのではないか、ボクはそう感じました。

沙羅はほんとにステキな女性です。
他人のために奔走できる人。作品の中では女性として描かれてますが、ボクもこうありたいと思える人物です。

つくるの巡礼は始まったばかり。
きっと一生続くのだろうと思います。
リストの「巡礼の年」のように様々な空間、時間へと。

灰田の存在

もしかしたら、灰田って男は現実には存在しなかったのではないだろうか?読み進めながらそんな風に感じました。
つくるが想像した偶像。生きていくために生み出した幻想ではないのだろうか。
ボクにはそう思えてなりません。

人は本当に孤独になったとき、妄想によって自分を正気に保とうとするものだと思うんです。

沙羅の残した色彩

作品中には様々な色が登場します。

アカ・アオ・ミドリ・シロ・クロ・グレー。

主人公のつくるは作品のタイトルにあるように「色彩を持たない」のではありません。様々な色を反映し得ることの出来る「白」なんじゃないのかなぁ。

「あなたは何色にでもなれるんだよ」

沙羅はそのことを教えてくれたのだと思うのです。


いかがでしたか?

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は 勇気を持って過去と向き合うことの大切さを教えてくれた作品でした。

作品中、随所に描かれるF・リスト作曲「巡礼の年」を聴くシーン。とても印象的です。
彼の行動を暗示、あるいは目的地を示しているような感じです。「巡礼の年」を聴きながら読み進めるとより物語の世界に入れると思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた別の作品でお会いしましょう。

今回ご紹介した作品

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 』

画像をクリックすると詳細ページに移動します。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする