行かなきゃわからない!宇宙に行った人たち『感動のすてきコトバ10選 + 1』

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地平線を望むと、明るい地球の表面から真っ暗な空へ変わる。鋭く対照的な移りゆきが見られた。地球はみずみずしい色調にあふれて美しく、薄青色の円光に囲まれていた。

ユーリ・ガガーリン

1961年4月12日、旧ソ連の宇宙船「ボストーク1号」が人類初の有人宇宙飛行を成功させました。21世紀のいま、宇宙から見た地球を映像や画像で見てその美しさを知ることはできます。1960年代当時の人は、まだ見たこともない地球の姿をガガーリンのコトバで知ることになりました。このコトバがどれだけ人々の想像力をかきたて、空を見上げさせたことでしょう。

そこで今回は

宇宙に行った人たち、感動のすてきコトバ10選 + 1

をご紹介します。

人類初を成し遂げた人のコトバ

宇宙の静寂。
それは地球上で出会ったことのない静けさだった。
あまりに大きく、底知れぬ深さを持つ静寂だった。

アレクセイ・レオーノフ

ソ連の宇宙船、ヴォスホート2号に搭乗。

1965年3月、人類初の船外活動(EVA)を約10分間行いました。
1975年、米ソ軌道上でソユーズとアポロ宇宙船とのドッキングにも参加。

画家としても知られています。

これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、
人類にとっては大きな飛躍である。

ニール・アームストロング

1966年アメリカ初の有人宇宙船でのドッキングに成功。

1969年、アポロ11号の船長として人類初の月面着陸に成功。

2時間30分、月面を探索し月の石を持ち帰りました。

ジェミニ8号、アポロ11号と2度宇宙に行きました。

77歳で宇宙に行った男のコトバ

宇宙はいまだ恐れや憎しみや貪欲や偏見で汚されていない。

ジョン・グレン・ジュニア

1962年、マーキュリー6号に搭乗し、アメリカ初の地球周回軌道を飛行しました。

これは1983年の映画『ライトスタッフ』(フィリップ・カウフマン監督)のモデルになっています。

その36年後の1988年77歳の時、スペースシャトル・ディスカバリー号で2度目の宇宙へ出発、9日間滞在しました。

この時、日本人女性初の宇宙飛行士、向井千秋さんが同乗していました。

77歳での「地球周回軌道」は2023年現在でも最年長記録です。

気づきの場所、『宇宙』

嬉しかったのは、宇宙には調和があり、創造の力があることを感じた時だ。

悲しかったのは、人間がそれを知りながら、それと反対することをしているのに気づいた時だ。

エドガー・ミッチェル

1971年、アポロ14号で月面に着陸。9時間の船外活動を行いました。超常現象や霊媒に詳しく、アポロ14号搭乗中にも超能力の実験を行ったそうです。

その実験は、宇宙と地球との間で行われました。

彼はカードに書かれた図形をテレパシーで宇宙から地上の友人に送信。友人がそのカードの内容を記録するという実験をしました。その結果、25.5%と云う、平均の敵中率を上回る好成績でした。

ミッチェルさんは地球帰還後も未知なる現象の研究活動を行い、2008年には

「NASAは宇宙人と数回コンタクトを取っているが、それを60年以上も隠蔽している」

という驚きの発表で大きな話題にもなりました。

宇宙から地球を見ていると、この地球に生まれて死んでいった人々、現在生きている人々、これから生まれてくる人々を思う。

そして、自分はその無数の人間のひとりであると改めて思う。

ロドルフォ・ネリ・ベーラ

メキシコ人初の宇宙飛行士。1985年、アトランティス号に搭乗し、地球を108周しました。

ガガーリンの宇宙滞在時間が地球1周108分であったこととなにか因縁めいたものを感じます。

スペースシャトルに乗っている私たちにとって、
ふるさとと言えば地球しかありません。
アメリカも日本もウクライナもインドも、
それらの国がどこにあるかは見えなくとも、
この地球が私たちのふるさとなのです。

土井隆雄

1997年、スペースシャトル「コロンビア号」に搭乗、日本人宇宙飛行士として初となる船外活動を成功させました。2度の宇宙飛行を行いましたが、天文家としてもご活躍です。2002年・2007年には超新星を発見し、日本天文学会「天体発見賞」を2度受賞されています。

理屈ではない何か、『感じた宇宙』

顕微鏡をのぞいていた細胞の表面と、ふと見上げた地球の表面。
ミクロン単位と数千キロメートル単位で全然違っているのだが、
両者はつながっている。それぞれが息づき、生命のなにかを発している。
そんなことを直観した。

毛利 衛

1992年、スペースシャトル「エンデバー号」に搭乗し8日間宇宙に滞在しました。帰国後のインタビューでは「宇宙からは国境線は見えなかった」と素敵なコトバを残されています。
2000年にはミッションスペシャリストとして再びエンデバー号で宇宙に行きました。

虚空の宇宙に漂い
地球と一対一で対峙しながら考えたことは
見渡す限りの星空のなかで
生命の輝きと実感に満ちた星は
この地球にしかないということ。

それは知識ではなく実感であった。

野口 聡一

2005年、スペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗。15日間宇宙に滞在し、3回の船外活動を行いました。2009年にはソユーズで再び宇宙へ。約5ヶ月間という長期滞在でした。宇宙船からみた地球の画像や映像をTwitter上にアップして宇宙を身近に感じさせてくれました。

宇宙にはすべてを超えた”力”がある。
始まりも終わりもない。
そこにはただ
すばらしい世界をつくった”意志”があるだけだ。

アルフレッド・ウォーデン

1971年、アポロ15号で月面に着陸。同乗の船長デイヴィッド・スコット、ジェームズ・アーウィンが月面で作業をしている時、ウォーデンは司令船に乗り「たった一人」で月を周回していました。

3日間一人で過ごし、静けさの中で「神」の存在を感じていたのではないでしょうか。


いかがでしたか?

『宇宙に行った人たち、感動のすてきコトバ10選+1』

ここまで10のすてきコトバをご紹介してきました。

どのコトバにも共通しているのは「人類は地球の一部でしかない」ということと「宇宙には『何か』が存在している」ということ。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)によると宇宙に行ったことのある人類は595人(2023.3月現在)。まだまだ、すてきコトバがたくさんあります。そしてこれからも増え続けることでしょう。

今はイーロン・マスクのコトバに耳を澄ましていたいですね。近いうちに彼のコトバをまとめてみたいと思います。

最後にサウジアラビア初の宇宙飛行士、スルタン・ビン・サルマン王子のコトバをご紹介します。

最初の1日か2日は、みんなが自分の国を指していた。
3日目、4日目は、それぞれ自分の大陸を指した。
5日目には、私たちの念頭にはたった一つの地球しかなかった。

あまりにも素晴らしいコトバ。涙が出そうです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

皆さんにとってハッピーな1日が訪れますように ♪

すてきコトバが届きますように。

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